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TNスケッチブロガーJin Tonicの備忘録です。

挿絵日記

挿絵日記 朝刊小説 きずもの 209〜216

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小説家の彼は、現実の穏やかさとは裏腹に、SNS上では攻撃的で極端な意見を発信する人物だった。政治への怒りや社会問題への強い自己批判、そして「特権」「搾取」といった言葉で自らを責め立て続ける姿に、木下遙は常に違和感と疲労を覚えていた。遙にとってSNSは軽い娯楽の場だが、彼にとっては自己嫌悪と告白の舞台であり、遙への接し方にもその陰鬱さが影を落とした。

遙を誘ったのは遙自身であり、関係を続けるのも彼女の意思だった。それでも彼は「利用」「不均衡」などの言葉を繰り返し、遙を弱い存在として扱おうとする。遙はそれに戸惑いを覚えつつ、彼の過剰な自己否定は本気なのだと次第に理解していく。遙は自分の意思や生き方に自信があったが、彼は罪悪感に押し潰されていった。

やがて彼は深刻な状態となり、自分が「罰されるべき存在だ」とまで言い出した。遙は彼の不安を和らげようとするが、ある助言がきっかけで彼の失墜につながってしまう。世間からは遙が「作家の将来を壊した」と責められ、彼女は誹謗中傷や身元特定など極端な攻撃を受け、一時は命の危険を感じるほど追い詰められた。

ただその中にも、彼女を擁護する声があった。だがその多くは遙を「弱い少女」として想定したもので、遙自身の実像──自立した29歳の女性であること──とはかけ離れていた。擁護されながらも、遙はどこか「不当な救済」を受けているような気持ちを拭えなかった。

そんな遙を救ったのは、カナダ・バンクーバーで暮らす親友・財前万千花だった。彼女は昔のように茶化すでもなく、ただ「大変やったな」とだけ言って寄り添う。その静かな態度は遙を安心させる一方で、どこか物足りなさも残した。遙は、過去のように無責任に笑い飛ばし、すべてを冗談に変えてくれる万千花を求めていたのだ。

一方、日本では善恵が登場する。親友・頼子とは長年の関係があり、コロナ禍で会えない期間も毎日のように連絡を取り合っていた。パンデミックによって社会が変わる中で、善恵のビジネスはむしろ成長した。人と距離を取らざるを得ない状況が、人恋しさと需要を増幅させたためだ。


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挿絵日記 朝刊小説 きずもの 201〜208

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万千花は、かつて「大学名入りスエットを着る人間なんてダサい」と思っていたが、いまではそれが“選ばれた者”の象徴であると理解する。UBCのような名門校は特権そのもので、移民制度が厳しくなる中でも生き残れる。だが彼女自身は、国が求める「若く健康で未婚、そして非常に優秀な人材」には該当しないのではないかという不安に襲われる。

その思いは、夜職時代に店で聞いた客の話を思い出させる。妻に不妊の原因があり、健康な女性の卵子を買うというその男は、卵子提供者について「少しでも劣った人の卵子は嫌だ」と狂ったように条件を求めた。万千花は当時は他人事として聞いていたが、今なら自分も精子を選ぶ側の立場になれば同じように“優秀さ”を求めてしまうだろうと理解してしまう。彼女は国家を子宮、移民を精子と見立て、「一斉に放たれ、淘汰され、生き残るのは優秀なものだけ」というメタファーを想像する。

一方、遙はバンクーバーで、薬物依存者が多くたむろする通りを訪れる。語学学校ではその通りを「危険」と言う者もいれば、教師ジェニファーのように「危険とは感じない」と言う者もいた。実際に行ってみれば、大通りにはテントが連なり、人々は公然と薬を使い、痩せ細り、揺れ、うわ言のように叫んでいた。

クラスメートのヨウスケが薬物依存者の真似をして笑いを取ろうとした時、ジェニファーは珍しく厳しく諭す。「彼らは望んでそうなったんじゃない」。遙はそれを理解するのに時間がかかった。街中に貼られたポスターは、薬物依存者が誰かの家族であり、適切な治療が必要な“病”であると訴える。モンスターのように描かれる日本のイメージとは違い、彼らは至って普通の顔をしていた。

遙が一人で訪れたレストランの前には、出入口に座り込んだ男がいた。店員リズは慣れた様子で彼にコーヒーを渡し、男は「みんな死ぬ!」と叫びながら立ち去る。その光景もまた、遙にとっては学びだった。

カナダでは大麻が合法で、友人のキキやゾーイも幸福そうにベランダで吸っている。自分が日本で大麻使用で糾弾され、追い詰められ、自死を考えたことがあったのに、ここではそれが当たり前の文化の一部である。そのギャップに遙は“壮大な何かに騙されたような気分”を覚える。


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挿絵日記 朝刊小説 きずもの 193〜200

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聖愛は「初めて」を迎えるために極端な肉体改造へ踏み込み、食事制限とダイエット器具で体を追い込み、体重や肌色、乳首の色まで「新品」であろうと執着する。理想から外れた自身を許せず、紡に捧げるために完璧を求めながらも、その瞬間が来てほしい気持ちと来てほしくない恐怖が胸の中で揺れていた。一方、季節が変わり、長く続いた雨が上がると万千花は「生き延びた」と思う。渡航後しばらくは天候への不調を感じなかったが、カナダ生活に慣れ心身が落ち着いた頃、激しい生理痛や頭痛に襲われるようになる。天気の悪化と連動する痛みは祖母や母の訴えを思い出させ、自分も「天気に左右される人間」になっていると気づく。ビタミンDで多少は和らぐが、結局はアドビル(Extra Strength)に頼らざるを得ず、痛みに耐えながら働き続けた。
労働時間は月300時間を超え、物価高で貯金が追いつかない。PR取得のための点数は年齢・学歴で大きく不利で、語学と勤務年数で稼ぐしかない。満点に近づくため語学学校への再入学を決意するが、移民コンサルタントからは半笑いで「無理でしょう」と言われる上、最終的には「カナダ人男性と結婚すれば手っ取り早い」と屈辱的な助言まで受け、万千花は怒りと虚しさを覚える。
相談料が安いという理由で選んだことを悔やみながら、バス停でSNSを開き、より厳しい境遇の人々を探しては心の安定を保とうとする。だが他人の苦境を見ても救われず、若さによる高得点を得られる者たちに苛立ちを覚えるばかり。バスに乗ると、多様な人種の乗客たちを眺め、彼らがPR保持者なのか、生まれながらのカナダ人なのかを考える。自分は英語を聞き取れるまでになったのに、まだ「永続的にここに住む資格はない」と感じてしまう。
それぞれが移民としてこの国に辿り着いた道のりを想像しながら、万千花はまだ見えない未来に、細い可能性の糸だけを信じてすがり続けていた。


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挿絵日記 朝刊小説 きずもの 185〜192

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母が英会話教師トニーに会う時だけ甘い空気を漂わせることに、聖愛だけが気づいていた。父は犬のように母に懐き、姉・乃愛は恋を知らず、家族で唯一恋をしているのは自分だけだと感じていた。母が片道1時間もかけて通うトニーはマレーシア出身の留学生で、集落では白人ほど尊重されず、姉はその差別に激しく怒った。だが聖愛には、姉の「正しさ」が白人の価値観の受け売りに見え、反感を覚える。聖愛は集落のヤンキー・紡と恋に落ちる。彼は粗野だが誠実で、卒業式の第2ボタンを彼女のために取っておいた。彼のそばにいたくて進学を決め、紡が地元で働くように、自分も近くの高校を選んだ。

地域の人々は「美男美女の子」として聖愛を可愛がり、母似の美貌を褒めた。対して父似の乃愛は、頭脳明晰で正義感が強いが、次第に妹と衝突するようになる。かつては頼もしく憧れの存在だった姉が、いつの間にか「鬱陶しい存在」に変わっていったのだ。英語部に入ってから乃愛は「外見を語るのは差別」と考えるようになり、父への「キモい」という言葉を封印。代わりに「正しくない行動」を糾弾するようになった。テレビでもルッキズム(容姿差別)が問題視される時代、乃愛はそれを当然視したが、聖愛にはそれが息苦しかった。

彼女は「可愛くありたい」と思う自分を否定できず、姉の説教に反発する。紡から「お前は俺のもんじゃ」と言われると嬉しかったし、嫉妬されることが愛の証と信じていた。乃愛がその関係を「モラハラ」「ジェンダー問題」と糾弾すればするほど、聖愛は孤立感を深める。だが姉が本当に嫉妬ではなく、妹を心から案じていることも分かっていた。

姉の「正しさ」が暴走したのは、父の幼馴染である小説家・松川の事件からだった。かつて集落の誇りだったその作家が文学賞を受賞し、父とも親交を続けていた。姉は中学生の頃から彼の作品を深く読み、「人の罪や救いの不可能性に挑む作家」と語った。その聡明さに家族は驚嘆したが、後に松川が性的暴力を告発される事件が起こると、乃愛は激しく糾弾に転じた。匿名でSNSにアカウントをいくつも作り、書店や学校に抗議メールを送りつけたのだ。

聖愛には、それが「正義」ではなく「狂気」に見えた。どうでもいいと思う事件に全力を注ぐ姉と、ただ好きな人を好きでいたい自分。その温度差こそが、二人の決定的な断絶を生んでいた――。


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挿絵日記 朝刊小説 きずもの 177〜184

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遙(はるか)の記憶にあるカヨさんは、家族の誰とも血縁のない、不思議な存在だった。祖母のような年上の女性で、家事を甲斐甲斐しくこなしていたが、いつの間にか姿を消した。バンクーバーへ旅立つ前、父・映心(えいしん)と食事をしていた遙は、久しぶりにその名を耳にする。カヨは実は「カ・ヨウ」という名の不法移民で、困っていた彼女を映心がかくまっていたのだという。遙は驚きつつも、父が彼女をタブー視していないことに安堵する。

その後、映心と紹興酒を飲みながら過ごす時間に、遙は父への複雑な愛情を再確認する。放任されながらも、どこか深く愛されてきた――。やがて遙はカナダでの暮らしに慣れ、「Le Coq」というレストランに通うようになる。語学学校でも上達を実感し、マリア(ブラジル出身)とエレナ(スイス出身)の友人ができた。3人は文化や社会保障、コロナ禍の経験を語り合う。スイスの孤独、ブラジルの助け合い、日本の曖昧さ。遙は自国を説明する言葉を持たず、英語の語彙の乏しさを痛感する。

日本では「自粛警察」などの異常な同調圧力が横行したが、それを英語で説明できない自分に歯がゆさを覚えた。外国人が抱く「真面目で安全な日本」というイメージと現実の乖離にも戸惑う。
ある日、「Le Coq」で出会った白人女性ケイティーと気さくに会話できたことが、遙に大きな自信を与える。語学学校以外で初めてできた友人だった。英語で冗談を言い、映画を字幕なしで理解できるようになった遙は、成長を実感しながら語学学校を卒業する。

一方、日本では新たな物語が動き出していた。町田猛(たけし)の次女・聖愛(セア)は、母・頼子(よりこ)の浮気を疑いながら、恋人・紡(つむぐ)と純粋な恋を育む。二人は「希望の丘」で永遠の愛を誓い、南京錠をかけて将来を夢見る。紡は「SEA(セア)」と自らの腕に刻み、最初の子どもには「海」と名付けようと約束する。
聖愛にとってそれは幼い誓いでありながらも、両親の世代へとつながる「愛の循環」の始まりでもあった。

バンクーバーで自立の力をつける遙、東京で再会し絆を取り戻す頼子と善恵(よしえ)、そして地方の町で愛の芽生えに戸惑う聖愛。――三世代の女性たちの物語は、時と場所を越えて静かに交わり始めていく。


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