挿絵日記

2024年05月02日

朝刊小説 札幌誕生 あらすじ

243





明治二九年(一八九六)、十九歳の有島武郎は札幌農学校に編入学した。
十二年後、武郎は東北帝国大学農科大学と校名を変えた母校に教師として赴任する。
武郎のために父・武は、国から貸与を受けた土地を開墾。
農場は武郎名義に変更されたが、無償付与の手続きのため、
武郎は農場の現状を学ぶのだった。


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2024年04月27日

挿絵日記 札幌誕生 225〜240

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十九歳の有島武郎は札幌農学校予科第五年級に編入学した。
父の武が北海道に武郎の支援のため農地を買う相談を湯地定元に
助言を求め、将来的には鉄道が通るマッカリベツを推奨された。
数年後、今度は英語の教師として北海道に赴くのだが、武郎には
小説家になる大志があった。
その後、マッカリベツの農地が武郎の名義変更に国の成功検査を
受けることになり、森本厚吉に助言を求めるのだった。

登場人物

有島武郎(ありしまたけお)
有島武(ありしまたけし)
湯地定元(ゆちさだもと)
森本厚吉(もりもとこうきち)
吉川銀之丞(よしかわぎんのじょう)


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2024年04月09日

挿絵日記 札幌誕生 209〜224

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雑誌『改造』で投稿された八重子の歌集『若きウタリに』は思想的には
ヒダリの印象を持たれた結果に複雑な思いを抱く。
最初はアイヌの短歌ということで注目を集めたが、次第に醒め、
八重子自身も歌人としての能力に自信も薄れ、日常の生活に戻った。
ルイザが亡くなり、その後、世界の状況が変わりジョンは英国へ戻った。
その後、英国でジョンも亡くなり、八重子は有珠に戻り日曜学校を
開くことになった。

登場人物

八重子 フチ(向井八重 むかいやえこ)
ジョン・バチラー
ルイザ・バチラー
金田一京助
佐佐木信綱


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2024年04月02日

朝刊小説 札幌誕生 あらすじ

218





大正二年(一九一三)、バチラー八重子は金田一京助との出会いが
きっかけで、短歌を作り始める。
アイヌ語を多く交えた歌は、金田一や佐佐木信綱の計らいで
雑誌『改造』に掲載された。
昭和六年(一九三一)に歌集『若きウタリに』を出した八重子は
時の人となるが、しばらくすると以前の生活に戻った。


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2024年03月30日

『若きウタリに』


アイヌに生まれ,宣教師バチェラーの養女となった八重子は,
布教につとめながら,同胞(ウタリ)を思う悲しみを短歌につづった。
『若きウタリに』本歌集は,新村出,佐佐木信綱,金田一京介が「序」を寄せ,
昭和6年に刊行された。
中野重治の評論を収録、近代日本のなかで稀有な位置にあった
女性の歌集から日本文学を問う長文解説を付す。

バチェラー八重子:
1884−1962年.アイヌ民族出身のキリスト教伝道者・歌人.
北海道有珠に生まれる。
満7歳で英国聖公会系司祭ジョン・バチェラーより受洗。
東京の聖ヒルダ神学校(現香蘭女学校)に学ぶ。
1906年バチェラーの養女となり、1908−10年渡英。
帰国後も日本聖公会の平取、幌別教会等に勤務し、伝道活動につとめた。


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