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カナダでの生活を終え、日本へ戻ってきた万千花と遙。二人は浜辺で、キキやゾーイ、ケイティーと無言のまま激しく体をぶつけ合う。言葉では届かない感情を、痛みと疲労の中で確かめ合った末に、万千花と遙は同時に「帰ろう」と口にした。その瞬間、長く続いた漂流のような時間が終わったのだと感じさせる場面だった。

帰国後、万千花はカナダで蓄えた資金を元手に、遙と新しい事業を始める決意をする。英語力を武器にしながらも、誰かに使われる人生ではなく、自分たち自身の場所を作ろうとしていた。二人が思い描くのは、単なる宿泊施設ではない。安価な宿を軸に、音楽や芸術、政治や社会運動まで、人と文化が交差する拠点だ。「ここから何か変化が始まる場所にしたい」という万千花の言葉には、これまで生きづらさを抱えてきた者たちの願いが滲む。かつて依存的だった二人の関係も少しずつ変わり始め、遙も「自分のために変わってもええ」と口にする。

一方で物語は、頼子という女性の内面へと深く潜っていく。老いた猫エド、犬のトーキョー、リクガメのトカイとの暮らしの中で、亡き夫・貢を静かに思い出す頼子。作家だった貢は繊細で、不安と優しさを抱えながら生きた人物だった。頼子は幼い頃から「何を考えているか分からない」と言われ続け、周囲から“おかしい子”として扱われてきた。しかし彼女の家族は違った。養子で構成されたその家族は、「私たちはチームだ」という価値観のもと、多様な愛情と自由を自然に受け入れていた。

成長するにつれ、社会は頼子の「おかしさ」を拒絶ではなく、“天然”や“不思議ちゃん”として消費するようになる。彼女はその変化に戸惑いながらも、人の評価が時代や外見によって簡単に変わることを冷静に見つめていた。また頼子には、脳内で突然「パンパカパーン」という音が鳴り、自分が少し生まれ変わるような感覚があった。その不思議な感覚を理解したくて本を読み、山へ登り、自然の変化に魅了されていく。御嶽山で滑落した経験すら、彼女にとっては「自分という存在」を確かめる静かな体験として刻まれていた。

さらに、頼子は夫・貢の変化も回想する。若き日の彼は社会への怒りを抱えた“反体制側”の作家だったが、時代が進み、SNSや震災を経る中で、世界中の悲劇や差別に敏感になっていく。加害性への自覚に苦しみ、戦争や虐待の映像に心を消耗させ、それでも平穏な日常へ戻ってしまう自分に罪悪感を抱えていた。頼子はそんな彼を少し距離を置きながらも見つめ続ける。

361〜368回では、「変わること」と「変わらず残るもの」が大きなテーマとして描かれた。帰る場所を選び直す万千花たちと、人生の中で幾度も“生まれ変わってきた”頼子。傷や記憶、人との関係は変化しながらも消えず、人はその揺らぎの中で、自分自身を探し続けている。


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