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此城は、かつて取材を通じて関わった作家の転落を思い返す。若い女性と大麻で摘発され、表舞台から姿を消した彼の姿は、元恋人に捨てられた時以上の苦い後味を残した。そんな思索の最中、娘の琴子が発熱し、此城は現実に引き戻される。一方、善恵もまた、自身の体の異変――急な火照りを更年期の始まりだと受け止め、「更年期記念日」と半ば冗談めかして名付ける。体温は平熱だったが、彼女の内側では、確かな変化が起きていた。

善恵は、親友の頼子を訪ねる。頼子は、かつて善恵の恋人だった作家・貢の妻であり、現在その貢は膵臓がんを患っている。知性と美意識に満ちた頼子の家で、善恵は久しぶりに貢と再会する。痩せ衰えた彼の姿に動揺しつつも、善恵は「がんの人にどう接すればいいのか」が分からない自分を意識する。頼子は穏やかに振る舞い、貢もまた謙虚で静かな態度を崩さない。その姿は、世間を騒がせた不祥事の記憶と結びつかず、善恵に戸惑いを与える。

頼子は、夫の逮捕や病について驚くほど淡々としている。SNSもテレビも見ず、世間の声から距離を取り、植物や動物、読書や手仕事に囲まれた生活を送ってきたという。善恵はその健やかさの理由を少しずつ理解していく。情報に晒され続け、不安や怒りを増幅させてきた自分の時間と、頼子の静かな日常との差が、善恵の胸に突き刺さる。

頼子は、噂や評価に左右されない人物だった。学生時代、善恵が自分についた性的な悪評を打ち明けても、頼子は何ひとつ態度を変えなかった。その「知らないこと」「気にしないこと」は、無関心ではなく、他者をそのまま受け入れる強さだったのだと、善恵は今になって思い至る。

別れ際、頼子は朗らかに、善恵が営む「女性用風俗」を利用したいと申し出る。戸惑う善恵を前に、頼子は昔と変わらぬ率直さで笑う。その変わらなさこそが、混乱と喪失の中にいる人々を静かに支える力なのだと、善恵は感じ始めていた。


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