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241〜248回では、ライターの此城サリーが作家・望月まもるに取材する過程と、その取材を通じて浮かび上がる「人を一面で語ることの暴力性」、そして此城自身の母として・女性としての葛藤が重ね描きされる。

オンライン取材の場で、此城は編集者や作家に対して無意識に抱いていた先入観を自覚する。望月は世界的評価を受ける若手作家でありながら、異様なほど腰が低く、「すみません」を繰り返す人物だった。その態度に戸惑いつつも、此城は彼女の語りの誠実さ、過剰な自己演出や断定を避ける姿勢に次第に惹かれていく。望月は自分や世界を「日本」「アメリカ」「女性作家」といった大きな単位で語ることを拒み、人間は複数の経験や属性を縫い合わせた「パッチワーク」のような存在だと語る。一度に全体を見ることはできず、特定の布だけを切り取って判断することは無理があり、ときに暴力になるという考えだった。

此城は、望月が過去に外見や性をめぐる激しい中傷を受けてきたこと、海外メディアでも彼女が「移行した人」という一面だけで消費されがちな現実に気づき、自分自身もまた彼女を「傷つけられた人」という枠で理解しようとしていたと反省する。

一方で物語は此城の私生活にも焦点を当てる。娘・琴子の発熱対応や育児を担う日常の中で、「母親だから迎えに行くのが当然」という社会の空気、女の子がこの国で生きることへの不安が募る。文芸業界ですら残るジェンダーバイアスを前に、此城は娘を将来海外に出したいという夢を抱き、望月の言葉にその根拠を求める。しかし望月は、どの国が生きやすいかという問いにも答えを与えず、世界は単純な比較では語れないと静かにかわす。

終盤、此城は過去に関係を持った権威ある男性作家との不均衡な関係を思い返し、自分が置かれていた弱さと、その中で受けた扱いの理不尽さを直視する。望月の「つぎはぎ」という言葉は、他者理解だけでなく、此城自身が自分の人生と痛みを捉え直す視座ともなっていく。


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