
万千花は、かつて「大学名入りスエットを着る人間なんてダサい」と思っていたが、いまではそれが“選ばれた者”の象徴であると理解する。UBCのような名門校は特権そのもので、移民制度が厳しくなる中でも生き残れる。だが彼女自身は、国が求める「若く健康で未婚、そして非常に優秀な人材」には該当しないのではないかという不安に襲われる。
その思いは、夜職時代に店で聞いた客の話を思い出させる。妻に不妊の原因があり、健康な女性の卵子を買うというその男は、卵子提供者について「少しでも劣った人の卵子は嫌だ」と狂ったように条件を求めた。万千花は当時は他人事として聞いていたが、今なら自分も精子を選ぶ側の立場になれば同じように“優秀さ”を求めてしまうだろうと理解してしまう。彼女は国家を子宮、移民を精子と見立て、「一斉に放たれ、淘汰され、生き残るのは優秀なものだけ」というメタファーを想像する。
一方、遙はバンクーバーで、薬物依存者が多くたむろする通りを訪れる。語学学校ではその通りを「危険」と言う者もいれば、教師ジェニファーのように「危険とは感じない」と言う者もいた。実際に行ってみれば、大通りにはテントが連なり、人々は公然と薬を使い、痩せ細り、揺れ、うわ言のように叫んでいた。
クラスメートのヨウスケが薬物依存者の真似をして笑いを取ろうとした時、ジェニファーは珍しく厳しく諭す。「彼らは望んでそうなったんじゃない」。遙はそれを理解するのに時間がかかった。街中に貼られたポスターは、薬物依存者が誰かの家族であり、適切な治療が必要な“病”であると訴える。モンスターのように描かれる日本のイメージとは違い、彼らは至って普通の顔をしていた。
遙が一人で訪れたレストランの前には、出入口に座り込んだ男がいた。店員リズは慣れた様子で彼にコーヒーを渡し、男は「みんな死ぬ!」と叫びながら立ち去る。その光景もまた、遙にとっては学びだった。
カナダでは大麻が合法で、友人のキキやゾーイも幸福そうにベランダで吸っている。自分が日本で大麻使用で糾弾され、追い詰められ、自死を考えたことがあったのに、ここではそれが当たり前の文化の一部である。そのギャップに遙は“壮大な何かに騙されたような気分”を覚える。
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