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母が英会話教師トニーに会う時だけ甘い空気を漂わせることに、聖愛だけが気づいていた。父は犬のように母に懐き、姉・乃愛は恋を知らず、家族で唯一恋をしているのは自分だけだと感じていた。母が片道1時間もかけて通うトニーはマレーシア出身の留学生で、集落では白人ほど尊重されず、姉はその差別に激しく怒った。だが聖愛には、姉の「正しさ」が白人の価値観の受け売りに見え、反感を覚える。聖愛は集落のヤンキー・紡と恋に落ちる。彼は粗野だが誠実で、卒業式の第2ボタンを彼女のために取っておいた。彼のそばにいたくて進学を決め、紡が地元で働くように、自分も近くの高校を選んだ。

地域の人々は「美男美女の子」として聖愛を可愛がり、母似の美貌を褒めた。対して父似の乃愛は、頭脳明晰で正義感が強いが、次第に妹と衝突するようになる。かつては頼もしく憧れの存在だった姉が、いつの間にか「鬱陶しい存在」に変わっていったのだ。英語部に入ってから乃愛は「外見を語るのは差別」と考えるようになり、父への「キモい」という言葉を封印。代わりに「正しくない行動」を糾弾するようになった。テレビでもルッキズム(容姿差別)が問題視される時代、乃愛はそれを当然視したが、聖愛にはそれが息苦しかった。

彼女は「可愛くありたい」と思う自分を否定できず、姉の説教に反発する。紡から「お前は俺のもんじゃ」と言われると嬉しかったし、嫉妬されることが愛の証と信じていた。乃愛がその関係を「モラハラ」「ジェンダー問題」と糾弾すればするほど、聖愛は孤立感を深める。だが姉が本当に嫉妬ではなく、妹を心から案じていることも分かっていた。

姉の「正しさ」が暴走したのは、父の幼馴染である小説家・松川の事件からだった。かつて集落の誇りだったその作家が文学賞を受賞し、父とも親交を続けていた。姉は中学生の頃から彼の作品を深く読み、「人の罪や救いの不可能性に挑む作家」と語った。その聡明さに家族は驚嘆したが、後に松川が性的暴力を告発される事件が起こると、乃愛は激しく糾弾に転じた。匿名でSNSにアカウントをいくつも作り、書店や学校に抗議メールを送りつけたのだ。

聖愛には、それが「正義」ではなく「狂気」に見えた。どうでもいいと思う事件に全力を注ぐ姉と、ただ好きな人を好きでいたい自分。その温度差こそが、二人の決定的な断絶を生んでいた――。


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