IMG_5193





抹茶アイスを食べながら、頼子は「昔話は不妊の物語だ」と語り出す。竹取物語や桃太郎では、子どもを授からない老夫婦が主人公だと指摘し、「石女(うまずめ)」という言葉の残酷さに触れる。頼子がその話題を持ち出す背景には、自身が卵巣を摘出し子を持てなかった過去があるが、彼女は感傷を拒むように軽やかに語る。善恵は「離縁されなかっただけで恵まれていた」と言う頼子の言葉に反発を覚えるが、同時にその反発が現代的感覚の押しつけであることも理解している。彼女はかつて「女を捨てた女」を軽蔑していた自分を省み、年齢を重ねた今、性的に求められなくても「女である」ことを自覚している。

頼子は「昔話は養子の話なのかも」と善恵の言葉に頷き、実は自分が養子であることを打ち明ける。不妊ではなく、行き場のない子を育てたいという母の意思で迎えられたと語り、善恵はその家族の豊かさに圧倒される。頼子の両親は研究者で、自然や美を尊び、子どもたちを星空の下に寝かせて育てた。それに対し、善恵の家庭は貧しく、父は娘の容姿をからかい、母は「器量が悪いなら笑っていなさい」と言うような家だった。親に「可愛がられる」経験を得られなかった善恵は、他者の愛情を身体で得ようとし、男性に愛されることを自己価値の基準としてきた。同性には疎まれたが、大学で頼子と出会い、初めて「ジャッジされない関係」を得る。だがその頼子が、自分の恋人を奪った過去がある。それでも善恵は彼女を憎みきれず、むしろ恋人より彼女を失う方が怖かった。彼女にとって頼子は、特別で不可欠な存在だった。

物語は視点を遙に移す。カナダ・バンクーバーで語学学校に通う遙は、厳しい授業の合間に、教師ジェニファーの勧めで贅沢なランチを楽しむ。語学力が伸び悩み、生活費も限られる中、彼女にとって食事は自己肯定の手段だった。ステーキのタルタルを頬張りながら、節約生活を送る万千花の姿を思い浮かべ、どこか後ろめたさを覚える。万千花は昔から食に無頓着で、体を飾ることばかりにお金を使ってきた。だがいまや彼女はヘルシーな食事で痩せ、遙は逆に太った。遙の食へのこだわりは、再び同居することになった父・映心の影響だった。食通の彼は、安くて美味いものを探す情熱に満ち、誰にでも気前よく酒を振る舞う豪快な人物。遙はその豊かで社交的な食の世界を、大人になって初めて知る。かつて父と食卓を共にすることのなかった彼女にとって、それは「失われた幸福」の再発見でもあった。


にほんブログ村 その他日記ブログ 備忘録・メモへ
にほんブログ村