
万千花はカナダで就労ビザを更新しながら暮らしているが、目指すのは永住権(PR)。取得には英語力や学歴、職歴などのポイントが必要で、34歳の彼女には時間的制約も重くのしかかる。現在は日本食レストラン「和祭」でサーバーとして働くが、点数に結びつかず、唯一の望みは雇用主によるスポンサーシップだった。そのため安い時給や店長の横暴にも耐え、必死に媚びを売る日々を送っている。だが生活費のため、就労ビザで禁じられたダブルワークに手を出し、違法就労でカフェ「Nine Stories」でも働いていた。そこはお洒落で仲間にも恵まれ、彼女にとって心の拠り所となる場所だった。
やがて親友の遙が訪れ、彼女の環境や知識を羨ましがる。人に羨望される快感を久しぶりに思い出した万千花は、自分が比べずともよい街に生きていると理解しつつも、その感情に揺さぶられる。さらに「Nine Stories」の名がサリンジャー由来と知り、本を貸す話題から、同じアパートに住む隣人ゾーイの名前も小説由来だと知る。ゾーイは自由な装いと気さくな性格で、初対面から万千花の心を強く揺さぶった。彼女が「日本語ができなくてごめんね」と言った時、万千花は初めて「英語が全てでない世界」を実感する。
ゾーイとの短い会話や別れに、初めて「もっと話したい」という感情を抱いた万千花は、隣家の気配を意識するようになる。そしてゾーイのルームメートであるキキとも出会う。小柄でタトゥーに覆われたキキは強い存在感を放ち、松本での工芸体験を語る。万千花が松本すら知らないことに引け目を感じる一方、彼女は万千花を部屋へ誘い、自作や収集した工芸品を見せたいと言う。その誘いが社交辞令ではなく本気だと知った時、万千花の心は大きく揺れた。SNSも持たない彼女は、どう応えるべきか迷いながらも、新たな関係の扉が開こうとしていた。
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