
挿絵:佐伯ゆう子氏

挿絵:Jin Tonic
第一部
松川貢(まつかわみつぐ) が木下遙 (きのしたはるか) に出会ったのは、彼の幼馴染 (おさななじ)みが、 自宅に火をつけた夜だった。
田持猛(たもちたけし)は、1974年、 貢と同じ産院で生まれ、 同じ幼稚園に通い、 同じ給食を食べて育った。
日本の西方に位置するその集落、昆別村 (こんべっそん)はとても小さく、貢と猛の家は、海まで歩いて5分のところにあった。
きっかけは、母親たちだった。
貢の母・真実 (まみ) と、 猛の母・一江(かずえ)は、ともに他県から嫁いできた娘たちだった。
集落にあるスーパー「コモディめばえ」で、パート同士として出会い、 最初は同じ年齢ということで話し始めた。
「同じ年なんじゃね!」
「あ、でもうちは3月生まれじゃから、 学年は違うんよ。」
「あー、 ほな先輩じゃ!」
「ええんよ、ええんよ。 いつまでも学年とか言うてられんし。」
「そっか、うちら、 もう28やもんね!」
「あーもう、おばさんじゃわ!」
穏やかで控えめな真実(学年は上の方だ)と、 明るくて社交的な一江 (彼女の誕生日は6月だ)の、正反対のところが合ったのはよくある話だ。
二人は、パートが終わってからも、お互いの家に寄って話すようになった。
その時一江はすでに、7歳と5歳の2児の母だったが、 3人目の妊娠時期が、真実の1人目にして最後の子供の妊娠時期とかぶった。
5月15日、 13時間かかって生を受けたのが貢で、5月21日、2時間で生まれたのが猛だった。
真実は母親業の先輩である一江を頼り、一江は真実の手作りのおくるみやおやつをありがたがった。
自然、 子供たちも親しくなり、お互いの家を自由に行き来する関係は、 貢が高校の寮に入る15歳まで続いた。
貢の父親である幸助 (こうすけ) と、 猛の父親である太郎 (たろう) の仲は良くなかった。
というより、 最悪だった。
彼らもまた、この集落で育った幼馴染みだった。
漁師である太郎のことを、 「学のない荒くれもの」、 そう幸助が陰口を叩 (たた)けば、 役場に勤める幸助のことを、 「いけすかないガリ勉」 そう太郎がくさした。
だが、 その事実に、 妻同士の、そして息子同士の仲を裂くほどの力はなかった。
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